[書評]まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書

阿部幸大 (2024)『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』光文社

ここ数年,アカデミック・ライティングの本を積極的に読んでいるが,この本は秀逸。巷の類書が,結局のところ本当には書き方を教えてくれていないということに気が付く。例えば,アーギュメントは単なる思いつきではなくて,「論証の必要な主張」である,と普通の本ならここで終わるが,本書では,この論証は具体的にどのようなものかをアーギュメントを鍛える過程でしめしている。抽象的な概念の導入から,具体的な方法論に落とし込んでいくという書き方自体が,アカデミック・ライティングそのものであるので,このような説明を読むことで,自ずと書き方を学んでいる。

これまでの概念を定義づけ,それを具体的な形に落とし込む方法を取りながらも,これまでの概念を疑い,批判的に見る方法も示してくれる。例えば,パラグラフ・ライティングにおいてどのような本でも説明される1つのパラグラフには,1つのトピックというルールは丁寧に説明される。通常は,そのトピックを論理的にサポートするという形式になるのだが,本書では,アーギュメントが論理的な飛躍をするために,その飛躍を埋めるために,文が連なると考えるのである。この考え方は,なぜ,論理的にサポートする必要があるのかを明確に示してくれる点で,これまでの類書の説明と大きく異なる。

論文は論理立てて説明されるだけでは書けるようにはならない。特に初学者は,何をどの程度書いて良いのかわからないため,逆に論文が短くなりがちということもある。論文として適切な長さ(の目安)の見つけ方,詳細な情報の提供方法などを通して,これまで暗示的に示された事柄について,具体的に明示的に示されるのは,論文を書くうえで大きなヒントになるだろう。

とベタ褒めしているが,コンパクトに,分かりやすくまとまっているが故に,注意が必要な点もある。まず,基本的には大学院生レベル,研究者レベルで読むと良く,それも人文系論文を書く際に役立つ。学部生だと厳しいかな,と感じる要因は,そもそも論文に触れている量が少ないため,説明が腑に落ちにくいのではないかと感じたからである。同様に,詳しく説明がなされるのは論文のイントロであるため,その他の箇所について他の本などを参照する必要がある。

学部生がレポートを書くなら,戸田山和久の『最新版 論文の教室: レポートから卒論まで』をまずは参照してほしい。また,パラグラフの書き方を日本語で学ぶなら松浦年男・田村早苗の『日本語パラグラフ・ライティング入門: 読み手を迷わせないための書く技術』がおすすめである。これらの本を読んだ上で,論文を読み,自分で書くと,よほど本書の言わんとすることが腑に落ちるのではないだろうか。

 

『復刻版 第三の書く』

青木幹勇(2020)『復刻版 第三の書く』東洋館出版

*初版は1986年。1992年の第8刷を底本としている。

副題にもある「読むために書く,書くために読む」を実践するための本。タイトルの第三の書くは,第一の書くである「書写」,第二の書くである「作文」とは異なる「書くこと」を示している。例えば,メモを取ったり,話す前に概要を書いておくと言ったことから,読んだものから書き抜いたり,書きまとめたりと,多彩な書く活動を含んでいる。

非常に面白く読んだのは,「2.「書くこと」は嫌われている」で示される,書く指導を嫌う人々への反論である。8点が挙げられているが,それぞれへの反論はどれも耳が痛い。また,「3.「第三の書く」の展開」では視写の重要性について述べている。視写は板書した文章をノートに書き写させることで,文章を書くことに慣れさせるとともに,筆速を向上させる指導である。ノートテーキングの前段階での筆速の重要性は英語の授業でも感じるところである。

さらに,本書では,発問について,その効果への限界を知るべきであり,安易な発問だけで授業を展開するべきではないと繰り返し強く述べている。その代わりに,「書替え」を勧めている。これは,例えば,物語文では読者が登場人物の一人となり,その登場人物の視点で物語を書き替える指導である。この書替えのためには,物語に入り込み,よく読み,また書かなければならない。つまり,「書くために読む」ことをしなければならない。

全てが英語の授業に右から左に使えるわけではもちろんないが,応用できる指導のアイディアは少なくない。それ以上に,言葉を教えるものとして,安易な方法に走らず,試行錯誤を繰り返し,「多彩な指導法の創造的な開発」をすべきであるという姿勢は忘れてはならないものだろう。

目次

  1. 国語科における「書くこと」
  2. 「書くこと」は嫌われている
  3. 「第三の書く」の展開
  4. 書くことの多角化
  5. 「第三の書く」と発問
  6. 文学教材における「第三の書く」
  7. 説明的文章における「第三の書く」
  8. 伝記教材における「第三の書く」

『統計で転ばぬ先の杖』

島田めぐみ・野口裕之(2021)『統計で転ばぬ先の杖』ひつじ書房

統計を用いるためのお作法と言うよりは,論文などでどのように示すかを具体例を挙げながら解説している本。統計分析が終わり,さて,論文に図表や検定結果を入れる場面で役に立つ。特に,表での桁合わせへの注意は,他の統計関係の本では見ない。これは論文を書く人にとっては当然だからなのだけれど,修論などで初めて書く人にとっては気が付きにくいところかもしれない。同様に,検定結果も何をイタリックにすべきか,小数点の位置やスペースを入れるかなど,細かいけれど,それ大事という点が書かれている。卒論・修論を書く前に読んでおくと良い

ただし,最初に述べたように,統計手法そのものについての説明はそれほど多くない。タイトルにある「転ばぬ先」は検定などを終えた後の論文のそのものであり,検定そのものを必ずしも指していない点は注意。

第1章 統計分析を行う前に
第2章 そのグラフ、大丈夫ですか
第3章 その表、大丈夫ですか
第4章 有意差の意味を理解して、正しい記述を!
第5章 統計記号や参照マークも正確に!
第6章 t 検定にまつわるDon’ts
第7章 相関係数の検定(無相関検定)にまつわるDon’ts
第8章 χ2 検定にまつわるDon’ts
第9章 分散分析にまつわるDon’ts
第10章 サンプル数が検定結果に影響を及ぼす!

ちなみに,ひつじ書房のサイトで連載をしていたものの書籍化なので,以下のサイトで連載版を見ることが出来る。

https://www.hituzi.co.jp/hituzigusa/category/rensai/toukei/

研究室への入荷(17.3.14)

  • 田中真紀子 (2017) 『小学生に英語の読み書きをどう教えたらよいか』 研究社
  • 中村捷 (2016) 『名著に学ぶこれからの英語教育と教授法』 開拓社
  • 光永悠彦 (2017) 『テストは何を測るのか 項目反応理論の考え方』 ナカニシヤ出版
  • 金谷憲(編著)臼倉美里・大田悦子・鈴木祐一・隅田朗彦 (2017) 『高校生は中学英語使いこなせるか?』 アルク
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